夏 天 果 books information                   
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サンプル1
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 居残りで教室に残って、渡されたプリントを解いていた。数学の公式は、授業聞いててもわかんなかったし、その後獄寺君に教えてもらったけど、やっぱりわかんない。
 プリント終わった人から先生の所に持っていくって方式で、山本はさっき立ち上がって職員室に向かっていった。
 どうやらオレがどんじりみたいだ。それでも解けない数字とアルファベットの長い式を眺めて、指の腹でわら半紙の紙触りを確かめる。ざらざらして、消しゴムかけたとこなんか、ボロボロになってる。
 はー…。困ったなあ。家に帰れなかったらどうしよう?
 一緒に帰りましょう!とさっきから後ろの方で静かに待ってる獄寺君を、ちらりと振り返った。携帯で何かしてる。きっとゲームか何かやってるんだろうな。
 小さな画面を見つめ、俯いている横顔。長い前髪が頬にかかって、影を作っている。教室の窓から、空がずいぶん暗くなっているのに気づいた。
「あの、獄寺君。いつ終わるかわからないし、先に帰って?」
「え、いえ! 俺お待ちします」
 にこり、とそう答えて、横向きの体をこちらに向き直した。がたん、と机が音をたてる。膝がぶつかったみたいだ。
「でもいつ終わるかわかんないし、雨降りそうだよ」
「大丈夫ですから、俺のことは」
 いや、大丈夫じゃないって。早く解けるなら、もうとっくに解けてる。これは先生が諦めて、教室に様子を見に来るまでの持久戦って感じがひしひしするんだよ。七時くらいになるかなあ。そんな予想に、苦笑いした。
「オレ解くの無理みたいだからさ…。先生が来るまで待つよ」
「俺が教えるのって、ダメっスか?」
「すぐバレるよー。だからいいや」
 だから、ごめん、先に帰ってくれる?と言おうとして、開いてる窓から、タンタンと軽い音がしてきた。軒を打つ音はすぐに、ビシャビシャって水道が破裂したみたいな激しさに変わった。雨が強い勢いで降り出して、窓格子に当たってるんだ。
「すごい雨、ホント土砂降りだ!」
 重たい暗い雲が空を覆っていた。大粒の雨が、あっという間にグラウンドを黒々と塗り替えていく。蜘蛛の子を蹴散らすように、白いユニフォームの野球部の連中が散って行く。きっと山本もあの中にいたんだろう。
「おい、沢田!」
 がらりと引き戸が開いた。眼鏡を掛けた数学の先生が顔を出した。
「どのくらい出来たんだ? 雨ひどいから、早く帰れ」
「でも終わってません」
「宿題で明日持って来い」
「はい」
 それから、と獄寺君を見遣り、
「お前も悠長だな。早く帰れよ」
「はい」
 先生は頷くと、慌てたようにまた走っていった。
 オレと獄寺君は目を合わせて、肩を竦めた。
「帰っていいってさ」
「今帰ってもずぶ濡れっスよ」
 真っ黒な空から轟くような音が響き、稲光りがした。


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